
「いい仕事は都会にしかない」は、もう古い。
やりがいのある仕事も、高い年収も、成長できる環境も、都会に出なければ手に入らない。長らく信じられてきたこの前提が、いま静かに崩れつつあります。住む場所とキャリアを切り離せる時代の話をします。
働き方・キャリア

「リモートワークなんて、しょせん甘えだよ」。
会議室で、あるいは飲みの席で、そう言い切る人に出会ったことはないでしょうか。言われた側は、なんとなく反論しづらい。「たしかに、家だと気がゆるむかも」と、どこかで引け目を感じてしまう。
でも、ここではっきり言っておきます。本当に成果を出している人ほど、「甘え」という言葉を使いません。 そして、「リモートは甘え」と断じる人ほど、自分自身を成果で語れないことが多い。これは、働き方の好みの話ではなく、何で人を評価するかという、もっと根っこの話です。
なぜ、ある人たちは「リモート=甘え」と言いたくなるのでしょうか。
その言葉の裏にあるのは、多くの場合、「自分はこれだけ我慢して出社してきた」という自負です。早く出社し、遅くまで残り、休日も気を張る。そうやって払ってきた犠牲を否定されたくない。だから、それをせずに成果を出す人を見ると、「甘え」と呼びたくなる。
けれど、よく考えてみてください。その我慢は、成果そのものだったでしょうか。それとも、成果を出すための「手段」の一つにすぎなかったでしょうか。出社や残業を「頑張りの証明」とみなす発想は、成果ではなくプロセスや根性で人を測ってきた時代の名残です。自分の物差しが通じなくなることへの不安が、「甘え」という一言に姿を変えているだけなのです。
一方で、実際に結果を出し続けている人は、働く場所にほとんど関心がありません。
彼らの関心は、ただ一つ。「どうすれば最高の成果が出るか」です。集中できるなら在宅を選び、対面が効くなら足を運ぶ。場所は目的ではなく、成果を最大化するための手段だと割り切っている。だから、「リモートか出社か」という二元論そのものに乗りません。
そして、成果で勝負できる自信がある人ほど、「見ていないと評価されない」という不安から自由です。どこにいても結果で語れると知っているから、堂々と通勤を手放せる。逆に、成果で語れない人ほど、「出社している」という事実にすがりたくなる。「甘え」という言葉は、その心細さの裏返しでもあります。
厳しいことを言えば、市場はあなたの出社時間を1円も評価しません。
転職市場であなたの年収を決めるのは、これまで何を成し遂げ、それを次の場所でも再現できるか、その一点です。何時間オフィスにいたか、毎朝どれだけ早く出社したかは、職務経歴書に書いても価値になりません。だとすれば、証明すべきなのは「出社し続けたこと」ではなく、「どこにいても成果を出せること」のはずです。
「リモートは甘え」という他人の声に合わせて満員電車に乗り続けることは、あなたの市場価値を何も高めてくれない。それどころか、通勤で削られた体力の分だけ、本来出せた成果を目減りさせているかもしれません。
もちろん、リモートなら誰でも成果が出る、という話ではありません。自己管理は要りますし、成果で評価してくれる環境を選ぶ必要もあります。
そして、ここに落とし穴があります。求人票の「リモート可」は、そのまま信じてはいけません。「フルリモート」とうたいながら実際は週3出社だった、というズレは珍しくない。「甘え」批判を気にして通勤に戻るのではなく、本当に通勤がなくなり、かつ成果で正当に評価される会社を選ぶことこそが、できる人の戦い方です。
NoTrainは、掲載するすべての求人について出社頻度を求人原文まで確認し、「通勤ゼロ/週1通勤/週2通勤」という独自の軸で、年収500万以上のビジネス職リモート求人だけを検証して届けています。言葉の空気ではなく、事実で選ぶ。それが、他人の「甘え」という声に振り回されないための、いちばん確実な方法です。
「リモートは甘え」という言葉は、成果ではなく我慢を評価してきた価値観の名残です。本当にできる人は、場所ではなく成果を見て、どこにいても結果で勝負します。あなたが証明すべきは、出社し続けたことではなく、成果を出せること。その自信さえあれば、通勤を手放すことは逃げでも甘えでもなく、いちばん合理的な選択になります。
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やりがいのある仕事も、高い年収も、成長できる環境も、都会に出なければ手に入らない。長らく信じられてきたこの前提が、いま静かに崩れつつあります。住む場所とキャリアを切り離せる時代の話をします。

一回の通勤は、たかが往復1時間ちょっと。そう思って積み重ねた結果、定年までに私たちは通勤だけで何年ぶんの時間を失うのでしょうか。総務省のデータをもとに、実際に計算してみました。数字を見てから、その使い道を考え直しませんか。

満員電車も長い通勤も、まるで天気のように「どうしようもないもの」として受け入れていないでしょうか。でも通勤は、地震や台風とは違います。自分の意思で変えられる。仕方ないと諦めていた前提を、一度ほどいてみる話です。