
定年までに、通勤で「何年」失うか計算してみた。
一回の通勤は、たかが往復1時間ちょっと。そう思って積み重ねた結果、定年までに私たちは通勤だけで何年ぶんの時間を失うのでしょうか。総務省のデータをもとに、実際に計算してみました。数字を見てから、その使い道を考え直しませんか。
働き方・キャリア

いい仕事に就きたいなら、都会に出るしかない。やりがいのある仕事も、高い年収も、成長できる環境も、人やチャンスが集まる都市部にこそある。長いあいだ、私たちはそう信じてきました。だから多くの人が、高い家賃や満員電車を受け入れてでも、都会に住むことを選んできたのです。
けれど、この前提は、いま静かに崩れつつあります。働く場所と、住む場所を、切り離せる時代が来た。 都会に「通える範囲」に住まなくても、都会の企業の、都会の水準の仕事ができる。この変化は、これまで「キャリアか、暮らしか」の二択を迫られてきた人にとって、大きな意味を持ちます。
そもそも、なぜ「いい仕事は都会にしかない」と言われてきたのでしょうか。理由はシンプルで、いい会社の多くが都市部にオフィスを構えていて、そこに毎日通う必要があったからです。つまり本当の制約は「会社が都会にあること」ではなく、「その会社に毎日通わなければならないこと」でした。
だとすれば、毎日通う必要がなくなれば、この制約は消えます。会社が東京にあっても、あなたが東京に住んでいる必要はない。オンラインで成果を出せるなら、働く場所は問われません。実際、NoTrainが出社頻度を一件ずつ確かめて掲載しているビジネス職のリモート求人では、その約9割が通勤ゼロで働けるものでした。これはNoTrainの掲載基準での集計であって市場全体の比率ではありませんが、少なくとも「通勤を前提にしない、都会の会社の正社員求人」が現実に存在することは、確かな事実です。
通勤という制約が外れると、都会に住み続ける理由のひとつが、静かに消えます。
これまで、多くの人が高い家賃と狭い部屋を受け入れてきたのは、通勤時間を短くするためでした。会社に近いほど便利で、遠いほど毎日がつらくなる。だから無理をしてでも都心に住んだ。けれど、そもそも通勤しないのであれば、会社への近さで住む場所を決める必要はありません。もっと家賃の安い地域に、もっと広い家を借りてもいい。生まれ育った地元に戻ってもいいし、自然の豊かな場所で暮らしてもいい。
大事なのは、これが「キャリアを諦めて地方に引っ込む」話ではないことです。仕事の中身も年収もそのままに、住む場所だけを自由にできる。都会の水準の仕事を続けながら、暮らしは自分の好きな場所で営む。かつては両立できなかったこの二つが、両立できるようになったのです。
「でも、地方に住んだら成長が止まるのでは」と心配する人もいます。都会にいてこそ得られる刺激や情報、人とのつながりがある、と。
たしかに、対面でしか得られないものはゼロではありません。けれど、情報も、学びも、人とのつながりも、その多くはすでにオンラインで手に入る時代です。第一線で活躍する人の知見にネット越しにアクセスでき、全国の仲間とオンラインでつながれる。成長の機会は、もはや物理的な場所に縛られていません。むしろ、通勤で消耗しない分の時間と気力を学びに回せる人のほうが、着実に伸びていくかもしれない。「都会でしか成長できない」もまた、疑っていい思い込みです。
住む場所とキャリアを切り離せると、具体的に何が変わるのか。少し想像してみてください。
同じ年収でも、地方なら家賃はぐっと下がり、浮いたお金を貯蓄や教育、趣味に回せます。都心の狭い部屋では持てなかった書斎や子ども部屋も、地方の広い家なら現実的です。通勤に使っていた時間は、家族との朝食や、近所の散歩や、自分の学びに変わります。子育て中なら、親の近くに住んで手を借りることもできるし、自然の多い環境で子どもを育てることもできる。これらはどれも、これまで「いい仕事のために」諦めてきたものです。
見落とされがちなのは、こうした暮らしの余白が、めぐりめぐって仕事にも効いてくることです。生活に余裕がある人のほうが、心身は安定し、長く健やかに働ける。都会で消耗しながら成果を出す働き方より、好きな場所で整った状態で働くほうが、キャリアとしても持続可能かもしれません。暮らしを犠牲にしないことは、わがままではなく、長い目で見た合理的な選択なのです。
住む場所とキャリアを切り離すために、年収を下げる必要はありません。営業でも企画でもマーケティングでも、通勤を前提にせず、都市部の企業と同じ待遇で働ける仕事は実際にあります。ただし、ここでも注意が要ります。求人に「リモート可」とあっても、実際は月に何度か本社への出社が必要で、結局は通える範囲に住まざるをえない、というケースがあるからです。それでは、住む場所の自由は手に入りません。
だからこそ、その仕事が本当に「どこに住んでいても成立する」のかを、出社頻度の事実で確かめることが大切です。NoTrainは、掲載する求人について、実際にどれくらい出社が必要なのかを募集要項の原文まで確認しています。地方に暮らしながら都市部の仕事をしたい人が、住む場所の自由を本当に手にできる求人かどうかを、事実で見極められるようにするためです。
「いい仕事は都会にしかない」という前提は、もう古くなりつつあります。都会でなければならなかった本当の理由は、会社の場所ではなく、毎日通う必要があったことでした。通勤という制約が外れれば、都会の水準の仕事を続けながら、住む場所は自由に選べます。キャリアか暮らしかの二択に悩んできた人ほど、この変化の意味は大きいはずです。都会でしか成長できない、という思い込みも、あわせて手放して大丈夫です。
住む場所も、仕事も、どちらも諦めたくない人へ。NoTrainのニュースレターでは、出社頻度を事実まで確かめたビジネス職のリモート求人を、毎週お届けしています。暮らす場所を自分で選ぶ一歩として、よければ登録してみてください。

一回の通勤は、たかが往復1時間ちょっと。そう思って積み重ねた結果、定年までに私たちは通勤だけで何年ぶんの時間を失うのでしょうか。総務省のデータをもとに、実際に計算してみました。数字を見てから、その使い道を考え直しませんか。

満員電車も長い通勤も、まるで天気のように「どうしようもないもの」として受け入れていないでしょうか。でも通勤は、地震や台風とは違います。自分の意思で変えられる。仕方ないと諦めていた前提を、一度ほどいてみる話です。

金曜の夜、心から解放された気持ちになる。その幸福感を疑う人は少ないと思います。けれど、解放感が大きいほど、平日がそれだけ苦しいということ。振れ幅の大きさは、我慢の大きさかもしれません。週末の高揚を、少し違う角度から見てみます。