
一日が「自分のもの」になるのは、何時からですか。
起きて、身支度をして、満員電車に乗って、会社に着く。ようやく一息つく頃には、朝のいちばんいい時間は終わっています。あなたの一日が本当に「自分のもの」になるのは、何時からでしょうか。奪われている朝を、数えてみます。
働き方・キャリア

毎週月曜から金曜まで、朝になれば身支度をして会社へ向かう。多くの人にとって、これは疑う余地のない当たり前です。物心ついたころから大人はそうしていたし、自分が働き始めてからもずっとそうしてきた。空気のように自然な習慣です。
でも、ここで少しだけ意地悪な質問をさせてください。あなたはなぜ、週5日、毎日会社に出社しているのでしょうか。 その理由を、誰かに納得してもらえるように説明できるでしょうか。いざ言葉にしようとすると、多くの人が詰まります。「そういうものだから」「みんなそうしているから」以上の理由が、意外と出てこないのです。今日は、この無自覚な当たり前について考えてみます。
長く続いてきた習慣ほど、私たちはその理由を考えなくなります。理由を問わずに従えることは、日常を効率よく回すうえでは便利です。いちいち「なぜ」と立ち止まっていたら、生活は前に進みません。
けれど、その便利さには副作用があります。本当は合理性を失っている習慣まで、当たり前だからという理由だけで続けてしまうことです。週5出社も、その候補のひとつです。もともとは、仕事に必要な道具も情報も人も、すべて会社という場所に集まっていたから、そこへ通う必要がありました。全員が同じ場所にいることに、明確な理由があったのです。
では、今はどうでしょう。多くのビジネス職の仕事は、パソコンとネットがあればどこでも進みます。会議はオンラインででき、資料はクラウドにあり、連絡はチャットで済む。かつて出社を必要としていた前提の多くが、すでに崩れています。それなのに出社の習慣だけが、理由が問われないまま残っている。これは、少し立ち止まって見直す価値のある状態です。
週5出社を説明しようとしたとき、最後に出てくるのはたいてい「みんなそうしているから」です。でも、よく考えてみてください。みんながそうしていることは、それが正しい理由にはなりません。
かつては、長時間労働も、電話や紙のやり取りも、飲みニケーションも「みんなそうしている当たり前」でした。今ではその多くが見直されています。当たり前は、時代とともに中身が入れ替わっていくものです。「みんなそうしているから」で思考を止めた瞬間、私たちは自分の頭で働き方を選ぶことをやめ、周りに合わせているだけの状態になります。それは、自分の人生の時間の使い方を、なんとなくの空気に預けているということでもあります。
もちろん、業種や職種によっては、対面や出社に確かな合理性がある仕事もあります。問題は出社そのものではなく、理由を問わずに受け入れていることのほうです。説明できる出社と、説明できないまま続けている出社は、まったく別物です。
そこで提案です。あなたの週5出社を、一度棚卸ししてみてください。今週出社した5日間を思い返して、それぞれの日に「この日は出社する必要が本当にあったか」を問うてみるのです。
対面の会議があった、どうしても現場でなければできない作業があった。そういう日は、出社に理由があります。一方で、一日中自分のデスクでパソコンに向かっていただけの日、オンラインでもまったく同じ成果を出せた日もあるはずです。その日の通勤時間は、何のために払われたのでしょうか。こうして具体的に見ていくと、「毎日出社」の中に、理由のある日と、惰性で通っただけの日が混ざっていることが見えてきます。
大事なのは、ゼロか100かで考えないことです。週5すべてに理由がないわけではないかもしれない。でも、週5すべてに理由があるわけでもない。だとすれば、本当に出社が必要な日だけ出社し、そうでない日は通勤をなくす、という選択があってもいいはずです。
無自覚な当たり前を見直すことは、会社への反抗ではありません。自分の時間の使い方に、自分で理由を持つということです。理由のない通勤に人生の時間を差し出し続けるより、必要なときに必要なだけ出社し、残りは自分のために使う。そのほうが、ずっと納得して働けます。
そして、そういう働き方は、選べます。週5出社が前提ではない仕事、通勤ゼロや週1・週2で働ける仕事は、ビジネス職にも実際に存在します。ただし、求人票の「リモート可」を額面どおりに受け取らないことです。実際には週の大半は出社が必要で、結局また理由を問わない週5に戻ってしまう、ということもあります。本当に自分で出社を選べる働き方かどうかは、出社頻度の事実で確かめる必要があります。
NoTrainは、掲載する求人について、実際にどれくらい出社するのかを募集要項の原文まで確かめています。「なんとなく週5」ではなく、自分で説明できる働き方を選びたい人が、その判断を事実からできるようにするためです。
週5で毎日出社する理由を、私たちの多くは説明できません。「そういうものだから」「みんなそうしているから」は、理由ではなく、思考を止める合言葉です。かつて出社を必要としていた前提の多くは、すでに崩れています。一度、自分の出社を棚卸しして、理由のある日とない日を分けてみてください。そのうえで、本当に必要なときだけ出社する働き方を選べば、通勤に差し出す時間にも、自分で納得できるようになります。
自分の働き方に、自分で理由を持ちたい人へ。NoTrainのニュースレターでは、出社頻度を事実まで確かめたビジネス職のリモート求人を、毎週お届けしています。「なんとなくの週5」から降りる一歩として、よければ登録してみてください。

起きて、身支度をして、満員電車に乗って、会社に着く。ようやく一息つく頃には、朝のいちばんいい時間は終わっています。あなたの一日が本当に「自分のもの」になるのは、何時からでしょうか。奪われている朝を、数えてみます。

家族に当たってしまう。些細なことでイライラする。それはあなたの性格のせいではなく、毎日の通勤で神経をすり減らしているせいかもしれません。通勤ストレスが人柄や人間関係にまで及ぶ話を、データとともに考えます。

一度でも通勤のない生活を経験すると、多くの人が「もう元には戻れない」と言います。それは甘えでしょうか。それとも、体と生活が新しい基準を知ってしまっただけでしょうか。戻れない感覚の正体を、静かに掘り下げます。