
働き方・キャリア
「満員電車、もう慣れました」が、いちばん危ない。

満員電車の通勤について聞かれたとき、「もう慣れましたよ」と答える人は多いと思います。毎日のことだし、いちいちつらがっていても仕方がない。何年も続けていれば、たしかに最初のころのような強い不快感は薄れていきます。慣れた、と口にするとき、そこには少しだけ「自分はうまくやれている」という響きさえあります。
でも、この「慣れました」という言葉を、私は少し立ち止まって考えたいのです。満員電車に慣れたというのは、本当にいいことなのでしょうか。負担が減ったから慣れたのか、それとも、感じる力のほうが鈍っただけなのか。今日は、この「慣れ」の正体について考えてみます。
「慣れた」は、負担が消えたわけではない
まず確かめておきたいのは、慣れたからといって、体にかかる負担そのものが減ったわけではない、ということです。
満員電車で押し込まれれば、体は緊張します。人と密着すれば、無意識に身構えます。立ちっぱなしで揺られれば、筋肉は疲れます。これらは、慣れていようがいまいが、物理的に起きていることです。慣れたのは「つらいと感じる心のほう」であって、体にかかっている負担は、初日も今日も変わっていないのです。むしろ、つらさを感じなくなったぶん、自分がどれだけ消耗しているかに気づけなくなっている。慣れとは、負担が消えることではなく、負担への感度が下がることです。痛みを感じない状態が、傷がないことを意味しないのと同じです。
慣れとは、感覚が麻痺していくこと
もう少し踏み込むと、私たちが「慣れ」と呼んでいるものの正体は、感覚の麻痺に近いものです。
人間の感覚には、同じ刺激を受け続けると、それに対する反応をだんだん弱めていく性質があります。最初は強烈に感じた不快さも、毎日浴び続けるうちに、脳がいちいち反応しなくなる。これは、耐えがたいものを耐えられるようにするための、体の防御反応でもあります。つまり、満員電車に慣れたというのは、あなたが強くなったというより、つらさを感じないよう、心と体がスイッチを切ることを覚えたということです。それは生きるための知恵ではありますが、同時に少し怖いことでもあります。なぜなら、麻痺しているあいだも、消耗は静かに続いているからです。感じていないだけで、なくなってはいない。慣れという言葉は、そのことを見えなくしてしまいます。
「慣れ」が、見直すきっかけを奪う
慣れがいちばん厄介なのは、それが現状を見直すきっかけそのものを奪ってしまう点です。
つらいと感じているうちは、人は「なんとかしたい」と思います。この状況を変えられないか、と考えます。でも、慣れてしまうと、その問いすら浮かばなくなります。つらくないのだから、変える必要も感じない。こうして、本当は大きな負担を払い続けているのに、それが当たり前の風景になって、疑問の対象から外れていきます。「慣れました」という言葉は、変化を考えなくていい理由として、いちばん都合よく使われてしまうのです。もし満員電車に慣れていなかったら、とっくに働き方を見直していたかもしれない。慣れたからこそ、見直さないまま何年も過ぎてしまう。慣れは、快適さではなく、思考停止のかたちをとることがあります。
慣れる前の自分なら、どう思うか
ここで、少しだけ想像してみてほしいのです。もし、満員電車をまだ知らなかったころの自分が、いまの通勤を体験したら、どう感じるでしょうか。
たぶん、「毎日これに乗っているのか」と驚くはずです。こんなに消耗することに、よく耐えているな、と。その驚きこそが、本来の正直な反応です。いまのあなたが平気でいられるのは、状況がましになったからではなく、驚けなくなっただけかもしれません。慣れた自分ではなく、慣れる前の自分の目で、いまの通勤をもう一度見てみる。そうすると、当たり前になっていた負担の大きさが、急にくっきりと見えてくることがあります。慣れは、麻痺を「適応」と呼び替えているだけで、負担が正当なものになったわけではないのです。
慣れを、変えない理由にしないために
満員電車に慣れること自体を、責めたいわけではありません。慣れなければ毎日がもたない、というのも事実です。ただ、その慣れを「だから変えなくていい」の理由にしてしまうのは、もったいないと思うのです。感じなくなっているだけで、あなたの時間と体力は、いまも毎朝すり減っています。
通勤の負担をなくすために、キャリアや収入を手放す必要はありません。多くのビジネス職で、通勤ゼロや出社を大きく減らして働ける仕事は、実際に見つかります。気をつけたいのは、募集要項の「リモート可」という言葉が、必ずしも通勤のない毎日を意味しないことです。実際は週の大半が出社で、また慣れるしかない満員電車に戻ってしまうこともあります。本当に通勤をなくせるかどうかは、出社頻度の事実で確かめる必要があります。
NoTrainは、掲載する求人が実際にどれくらい出社するのかを、募集要項の原文まで一件ずつ確かめています。「慣れた」で片づけてきた負担から降りたい人が、事実にもとづいて働き方を選べるようにするためです。
まとめ
「満員電車、もう慣れました」という言葉は、うまくやれているサインのように聞こえます。でも、慣れたのはつらさを感じる心のほうで、体にかかる負担は初日と変わっていません。慣れとは感覚が麻痺していくことであり、麻痺しているあいだも消耗は静かに続きます。そして慣れは、現状を見直すきっかけそのものを奪ってしまいます。一度、慣れる前の自分の目で、いまの通勤を見てみてください。慣れを、変えない理由にしてしまう前に。
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